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雑感・オブリビオン

2008/08/22 20:22 Category:ソフトレビュー
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々はゲームと向かい合う時、それをゲームだと認識している
ゲームとはつまり機械であり、画面に表われるのは、プレイヤーがゲームに対して発した命令と、それによる機械の計算結果である
我々は常に頭のどこかで、ゲームに機械らしさを求め、あるときはそれを攻略の糸口にさえする
小難しい話になるが、早い話がどんなにリアルにゲームを作っても、そこにはパターンやお約束事が存在してしまい、それはやがて「飽き」を醸成してしまう

それを駆逐するには二つの方法があると私は思う
一つはシンプルなルールと乱数的要素を備え、無限の計算結果をプレイヤーに出させること
もうひとつは、作り手が無限に等しい計算結果を用意することだ

前者の代表例が「テトリス」だろう。6種のブロックを積み重ねて横の線を作るというシンプルなルールに、登場するブロックの順番や落下スピードにばらつきを持たせることで、画面に無限の計算結果を描き出した
そして後者の代表例として、私は「オブリビオン」を挙げたい

最も広大で変化に富み、かつ自由に行動できるものは、目の前にある世界そのものだ。このゲームはプレイヤーに自由に行動させるべく、限られたフィールド内でこそあるが、限りなく世界と呼ぶに相応しい舞台を作り上げた
そして画面に返って来る計算結果は正に無限。NPCの会話や行動、天体節季の運行、草は刈り取ると間をあけてまた生え、投げた石は物理演算によって動きを変え、登場するほぼすべてのキャラに加害することができ、自己の成長も思いのままに操れ、用意されたクエストは他のRPG数本分はあろうかという多彩さである

それまで電卓の親戚の言動だと思っていたゲームの反応に、高度な演算能力とクリエイターの熱意により、えもいわれぬ人間臭さと柔軟性とが加味される
そのとき我々はついこう感じずには居られない。すなわち「面白い」と
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