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ヴァーチャリアンは女子高生の夢を見るか(1)Oculis rift編

2014/12/01 08:00 Category:技術、ハード
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IMGP2666.jpg
リシャ語で「形作るもの」を意味する名を持つ神モルペウス(モーフィアス)は、芥子の花に囲まれた黒檀のベッドで眠り、人間の夢や空想に形を与える力を持つという。
 芥子から生成され、痛みを夢のように取り去る薬物「モルヒネ」は、彼の名と伝承に由来する。
 毎度回りくどい書き出しで恐縮だが、技術者たちがこの夢を形作るのにも、相当な紆余曲折があっただろう。一度ゲームに惹かれた者なら、一度は夢見るゲームの究極形態。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)によるバーチャルリアリティ(VR)が、いよいよ手の届くところまでやって来たようだ。
 現在その双璧を成すのが、Oculus rift(オキュラス)とProject Morpheus(モーフィアス)だろう。
 幸いなことに、その両方を近い期間で試遊することができた。それぞれの特徴と感触を、出来うる限り書き記したいと思う。

 このブログではおなじみであろう、代々木ゲームルームに、オキュラスが持ち込まれた。
 個人でこれを購入した人が、わざわざ持ってきてくれたという。ありがたいことである。
 オキュラスは大きく分けて三つのパーツで構成される。頭にかぶるHMD。電源を供給するアダプター。HMDの動きをトラッキングするカメラが付属する。
 HMD本体の大きさは、少し大きめの弁当箱ほど。重さもその中に、ごはんをおかずを入れたほどだろうか。軽っ!と驚くことはないが、いきなりその重量にへこたれることもない。
 肉眼では見えないのだが、HMDの外側に赤外線を発する発光体が仕込まれており、この位置をカメラで読み取り、モーションに変換する仕組みらしい。後ろを向いたときのことを考えると、HMDにもジャイロセンサーが入っているのだろうか?
 PCとの接続は、HMD用の映像出力とUSB、カメラ用のUSBにそれぞれ接続する。
 PC側でオキュラスはサブモニタとして認識され、専用のソフトが左右の目にあわせた映像にわけ、HMDの魚眼レンズを通して見た際に普通に見えるよう、映像に逆補正をかける。
 主な仕組みはこんなところだ。現物とウィキペディアを見ただけなので過不足があるかもしれないが、委細は各自お調べ願いたい。
無題紫色の点が赤外線。肉眼では見えません。

 まずはジェットコースターのデモソフトをプレイした。
 いきなり目の前に灰色の壁が現れた。どうやら自分は前から二番目の席にいるらしく、壁に見えたのは前の座席の背もたれらしい。ここは最前列にすべきじゃないのか?と疑問を持ちつつスタート。
 車体が上がり下がり周りうねり、視界全部がダイナミックに変化する。自分でも意識しない程度の頭の動きも、しっかりトラッキングし、ラグを感じることなく反映させている。横を見れば隣の人がいて、上を見れば空になったり地面になったりする。
 気がつくと、体が自然に画面に合わせて傾いていた。いや、何かを避けたりしたわけではない。Gがかかっているであろう方向に傾かないと、なんとなく気持ち悪かったのだ。体が視覚映像に操られてしまったようだ。これが没入感というやつか。
 同じものをTVモニタでプレイしても、きっとつまらないだろう。実際こういうゲームは過去多くあった。では具体的には、何がここまで没入感をもたらすのか?

 その答えは、案外早くわかった。その次にホラーゲームのデモをプレイした時だった。
 PC向けFPSのように、キーボードで前後左右に進み、視線がHMDに連動するものだった。
 そこは真夜中の山道。か細い街灯が辛うじて道を照らし、なお弱々しい懐中電灯が、視線に合わせて行先を照らす。進むとすぐ闇に埋もれ、あてもなく向こうに見える街灯を目指す。
 上を見上げると、満天の星空。なぜか不安を煽る美しさだった。
 と、行先に小屋が見えた。4畳あるかないかの小さな小屋で、入り口にドアすらなく、壁も屋根も板張りだが、中の明かりが遠慮なく漏れるほどボロボロだった。
 ゲーム的お約束として、小屋に入ってみようとした。入り口に近づくと、中に人がいた。少女のようだ。黒髪の少女が、こちらに背を向け、向こうの壁に向かって立っている。
 嫌な予感がしたが、意を決して中に入ろうとする。その瞬間、ふっ。と小屋の明かりと少女が消えた。
 視界はおろか周囲を突然闇に覆われる。虚を突かれるとは正に是。思わず後ずさった。
 何があったかとあたりを見回す。一瞬視界の端で何かが光って消えた。呼吸が速くなる。また何かが光った。さっきより近くだ。
 小屋どころではない、あたりを彷徨うように周囲を見回す。何がいる?何が来る??今聞こえているのは誰の呼吸だ????誰がそこにいるんだ????????

 私はその時、ほぼ完璧に仮想世界に囚われたのだ。
 念のため明記するが、グラフィックの精度は、昨今のゲームにあっては大人しい部類であったし、極端にグロテスクな表現や大げさな演出もなかった。
 だがあの瞬間、少女と明かりが一瞬で消えたあの時、私は今まで感じたことのない恐怖を味わったのだ。何がそうさせたのか?
 思うに、モニタとコントローラが、ゲームに慣れた人間にとって、知らないうちに緩衝材のような役割を果たしていたのではないだろうか?
 例えばモニタ。ゲームは当然モニタに表示され、その外側には1ミリ足りとも干渉できない。そして我々は、ちょっとでも首を動かせば、モニタに映る映像と目の前にある現実との差異を感じることができる。
 そしてコントローラは、何かをしようと思った時、その行動を自分の中で指の動きに変換する必要がある。こうした作用が現実にはない行動として、プレイヤーとゲームをうまく切り離しているのだと思う。
 しかしオキュラスは、視線を動かそうと後ろを向こうと、その動きに合わせて映像が変遷し、現実との切れ目が皆無である。加えて今までは『右を向きたい→コントローラを操作→右を向く』という手順であった視点操作が『右を向きたい→右を向く』となり、本当の意味で直感的な操作になっている。そう、視覚と操作における緩衝材が、ぎりぎりまで取り払われているのだ。
 視界の全てを取り囲む映像と、プレイヤーの意識しない操作さえ拾ってしまうインターフェイス。感覚的な逃げ場がなくなった時、ゲームはゲームを超えて迫ってくるのである。
IMGP2653.jpg

 さて、もう一方のVRの尖兵、モーフィアスはどうだろう?
 長くなったので次回お話しする。
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