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a-360インタビュー#4 松山洋(3)

2012/02/25 09:00 Category:インタビュー
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A:そして大学を出て就職されたのが、コンクリート会社ですか?いきなりゲーム会社じゃなくて。

松:そうです。正式にはコンクリート二次製品と言って…例えば歩道と車道の間にある、一段段差になってる部分の石。業界では縁石(フチイシ)って言うんですが、ああいうのが二次製品。
 大学出る前は、やっぱり子供の頃からの夢というか、何となしに「モノづくり」を選ぶだろうなと。ただそれがマンガ屋なのか出版社なのかアニメか映画かなんなのかっていうのはわからない。けど何かしらモノをつくる会社に入って、いずれ独立するんだろうなーと思ってました。
 で、九産大の漫研って100人以上部員がいるんですよ。

A:会社じゃないですか!(笑)

松:そうなんですよ。で在学中に漫画家やアニメ会社にデビュー決める人とかもいて、そうすると東京に出てきなさいって言われるんです。当時はネットとかも普及してませんし。で、大学中退して東京に行くんですね。先輩にも同期にもそういう人いっぱいいました。出発前に送別会盛大に開いて「負けんなよーがんばれよー」と言って送り出したんですけど…

A:けど?

松:一年しないうちに帰ってくるんですよ。長くて三年。

A:ええー!?

松:なんやそれと(笑)。あんだけ盛大に送り出したのにって。それが一人二人なら、まぁそういうこともあるわと思うんですが、結構な人数が帰ってくるんですよ。でみんな「あの業界はおかしい」「過酷過ぎて死ぬ」と口々に言うわけですよ。
 でもそんな話を聞いてる中で僕は「あれ?」っと思うんです。自分ら社会経験ないやん?なにと比較して普通じゃないって言ってんの?と。

A:その経験したことが正解かもしれないじゃないかと

松:そうですそうです。僕自身もいろんなバイトやってたんですよ。コンビニとか雑誌編集とか10000トンタンカーの製造とか(笑)。そういうのもあって、どんな仕事やってもキツイのは当たり前だろって思いつつも、「あこれって…自分が好きってだけでその業界に素直に行っちゃうと、同じ事になりかねんなぁ」と思ったんです。
 あと、自分自身も世の中知らないよな。成功するためには分別ある大人にならないと。そのためにはまず世の中を勉強できる会社で仕事をしたいな。と考えまして。その上でできれば上場してる会社で、あと、どうにもならない世の中の壁っていう物に直面できる仕事が良いなと思ったんです。

A:ほー!

松:要するに、どこまでが個人の努力でどうにかできて、どこまでが会社の努力でなんとかできて、努力しても無駄な壁ってどこにあるかっていうのを知りたかったんです。
 好きなもので言えば、地元のデパートで販売って言うのもいいとは思ったんですが、やっぱりものづくりがしたいと。でコンクリ会社って公園とかも作るんですよ。公園作りもものづくりだよなって(笑)。
 公園って公共工事なんで、国が発注するんですね?で間に設計コンサルタントがいて、それをいわゆるゼネコンが入札する。サラリーマン金太郎の世界ですけど。そういった人たちを相手に売り込みを行うんですけど、これほどわかりやすい壁はないなと。国やゼネコン相手にすれば、きっと世の中の壁が見えると思いました。
 それで福岡で一年、大阪で二年ちょっと、大阪ドーム作ったりして勤めるんですが。

A:すげ(笑)

松:で、大阪に行った頃に、漫研時代の同級生と電話で話すようになったんですね、テレホタイムに(笑)。
 彼は東京でアミューズメント系のゲーム会社に勤めてたんですが、そうやって違う業界の話を聞くのが面白かったんですよ。で僕は僕でコンクリ業界の話をするわけですよ。そういうのがお互い凄い新鮮で面白かったんです。
 でそんな話しをしてたあるとき、彼から「独立しようと思ってるんだけど、手伝ってくれないか?」といわれたんです。ゲームかぁゲーム業界は考えてなかったなぁと。マンガもアニメも詳しかったんですけど、ゲーム業界のことはさっぱりわからない。人一倍遊んではいましたけどね。
 だけど彼も軽い気持ちで誘ったわけじゃないだろうから、ちょっと考えさせてくれと言って、ゲーム業界に関連する書籍を、図書館行ったり立ち読みしつつ一部買ったり(笑)して、歴史から学ぼうとしたんです。
 そもそもファミコン以前てどうなってんだろうと思ってみたら、思いの外この業界若いなというのを知ったんです。ファミコンが出てまだ15年しか経ってないのに、その年のジャンプのトップに『FFVIIがPSで発売!』って言うのを見て、あもうこれからはPSなんだと、でもう一個セガサターンってゲームがあるんだっていうくらいの知識しかなかったんです。
 でゲームも『バイオハザード』みたいなのが出て、「何じゃこりゃ!?ポリゴンって何!?2Dと3Dって別次元じゃないか!」と驚いて、でもってゲームセンターいくと『バーチャファイター』とか『鉄拳』が出た頃で、それを目の当たりにした時には、「画面の中に人がいる!」と思ったんです。ああもうこの世界なのかと。
 このスピードで進化してて、まだ到達点ってまだまだないし、今から参入してもやりようはある。でもってゲームなら自分がやりたかったこと、マンガとかアニメとか映画とか、全部できるなと思ったんです。総合エンタテイメントだと。だったら一生かけてこの仕事できると思って、一緒にやろうと返事をしたんです。

A:へええええ

松:最初は東京に会社を出そうっていう案もあったんです。ゲーム会社って東京に集まってるじゃないですか。でも任天堂は京都だし、カプコンは大阪にある。なんで東京に集まるんだろうと思ったんです。何か秘密があるなと思って調べたんです。そしたらなかったんです(笑)。みんななぜか東京にいたんです。
 ただメーカーが東京にいる理由はわかるんですよ。TVのキー局も広告代理店も雑誌社も東京にある。営業面を考えればわかるんです。ただ開発会社がなんで東京にいなきゃいけないんだろうというのがわからない。
 当時インターネットも普及し始めて、地方でもデータのやり取りだってできる。それに東京で独立すると、その他大勢に埋もれてしまうんじゃないかと思ったんです。
 要は勝つための方程式っていうのは、運任せだと絶対に勝てない。特別な環境で有利に勝算を持って仕事しないと絶対に勝てないんです。不思議の勝ちはないんですよ。
 なので色々考えて、僕らの地元が福岡ということもあり、福岡のほうが環境も良いし物価も安い。僕らは開発をやるんだから、福岡で作って東京で売れば良いじゃないかと。勝算を持って福岡でやろうと言って、福岡で事務所を借りてはじめたのが16年前です。

A:松山さんのお仕事が、営業兼デザイナーだったと

松:あっは、よう調べてますね(笑)。

A:最初に作ったのがテイルコンチェルト。

松:僕入れて10人の会社だったんですけど、途中で二人増えて一年半かけて作りました。

A:言い方失礼かも知れませんが、できたての会社にぽんとお仕事って入ってくるものなんですか?

松:当時は小さな開発会社がいっぱいできてたんですよ。ドコソコでナニナニを作ってた人が独立してーとか。その中の一社だったと思うんですね。

A:ああそうかぁ。みなさん経験者ですもんね。

松:その実績と企画を書いて何社かに送って、七社くらいから返答があって、その中からバンダイさん(現・バンダイナムコゲームス)とお仕事をさせて頂くことになりました。

A:営業やりつつ、グラフィックの八割を作られたとか?

松:だって人数いなかったんだもん(笑)。まあ営業っていっても開発の営業なんで、やることはそんなにないんですよ。
 で、僕以外全員開発畑の人間だったんですけど、プレゼンテーションとか見積書を書くとか、そういうことをしたことがないんです、みんな。営業メールの一行目に「お疲れ様です」って書いちゃったりするんですよ、宛名もなしに(笑)。これは会社としての信頼に関わるから、ここは僕がやったんです。
 やっぱり開発者って、作るのは上手いけど、思っている事を伝えるのがすごく下手なんです。今も思いますけど。ゲーム制作はコミュニケーションなのにね。なのでうちではその訓練を日々やらせてます。
 で、バンダイにプレゼンしたり提出する見積もり書いたり進捗会議に出たりするのも私。余った時間はボーッとするわけにも行かないので、元々絵心はありましたし、じゃ僕背景描きますと言って、もうパソコンの知識から当時の先輩(今は部下)から教わりました。
 PCの使い方、CGのイロハ、ポリゴンとは何ぞや、あと業界にいた彼らから見たゲーム業界のこととかを聞きながら、研修みたいなことをしました。

A:はじめてゲームの絵を描いたときはどうでした?

松:やっぱり新鮮でしたね。モニタの中で粘土をこねるような印象があって。ただ、作っては作り直しを繰り返してました。
 許せないんですよ、自分で。こう描いた絵を見て、週刊ファミ通とかに載ってる他商品と比べるんですよ。すると「俺のはまだ商品じゃない」ってそれ捨てて。
 しかも僕以外はみんな熟練なんですよ。当時グラフィックリーダーをやったのが、今『Solatorobo それからCODAへ』のディレクターを勤めた磯部孝幸なんですが、もう抜群に上手いんですよ。絵もドットもうまいしポリゴン造形もうまい。そんな彼が作ったものと比べても、自分の絵を同じ商品に入れられないと思ったんです。人の二倍努力しても無駄なんだって。

A:周りは三倍で進んでいくのに?

松:だから三倍やらなきゃ駄目なんだと。なので一作目の『テイルコンチェルト』と二作目の『サイレントボマー』の時に、会社に泊まりこみ大作戦を敢行しました。

A:今御社で禁止してると噂の!?(笑)

松:私の実体験で禁止してます(笑)。その時は、自分自身下からスタートしてるんで、足手まといにはなりたくないし、できればエースになりたいし、とにかく上手くなりたかったんです。空気で膨らませるビーチマットと毛布で寝て、給湯室でお風呂に入って…

A:風呂ちゃいますよねそれ?!(笑)

松:まあ風呂じゃないんですけどね(笑)。全然寝なくても平気なくらいだったんですけど、それ以上にこう…自分でわかるんですよね?上手くなっていってるのが。段々努力を積み重ねると見えてくるんですよ、いろんなものが。次はもっと上手くできるという手応えとか。で、いつしか背景全般を任せてもらえるようになっていました。
 その時から思っていたのが…マンガとかでもそうなんですけど。よく子供なんかでもマンガを描くと、すぐキャラクターを書くでしょ?

A:あー…わかりますハイ。

松:ゲームでもそうなんですよ。学生さんもクリエータ目指す人って、すぐキャラクター作りたがるんですけど、ゲームやマンガのクォリティって、実は情景描写がすべてなんですよ。だから、ゲームソフトのクォリティや印象を決めるのは背景なんです。

A:……。

松:画面の中でキャラが映っている領域ってわずか10%なんですよ。残りの90%は背景なんです。なので、商品力の多くを左右する決定的な部分を、自分が手がけたかったんです。
 背景美術のしょぼい現場は絶対に駄目。これはマンガでも言えて、キャラクターばっかり一生懸命描くんじゃなくて、情景描写がちゃんとなされていないマンガはマンガじゃないんですよ。キャラの位置関係などの情報の多くは、キャラよりキャラの周りが持ってる。それがあるからキャラが生きる。

A:なるほど…

松:元々マンガがすきで、マンガの文法を分析して、マンガの正体みたいな事を子供の頃から考えてて、ゲーム屋を始めるときも背景は大事だと考えて、背景デザイナーになって『テイルコンチェルト』と『サイレントボマー』の時は、レベルデザインも含めて自分でやりました。
 まーずーーっと泊まってましたね、会社に。そんな日々が4年ほど続きました。
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