a-360

ゲーム論説ブログ

スポンサーサイト

--/--/-- --:-- Category:スポンサー広告
TB(-) | CM(-)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

a-360インタビュー#3 加藤克明(1)

2010/06/15 09:00 Category:インタビュー
TB(0) | CM(0)

加藤克明


ATUSI(以下A):本日はお忙しい中、お時間を取っていただきましてありがとうございます。

加藤克明(以下加):いえいえ、とんでもないです。

A:当方Xbox360をメインで扱っているブログなのですが、今日は加藤さんのお話を聞くことがメインで、ゲームの枠と言うのは考えていません。前半は加藤さんのご半生を振り返っていただきまして…

加:ご半生なんて大層なもんじゃないですが(笑)

A:ご半生を中島みゆきの歌をバックに語っていただきまして(笑)。後半は加藤克明のゲーム誌論と題しまして、ユーザーとメーカーの間に在る者としてのお話をお聞かせいただきたいと思います。ざっくばらんにお好きなことをお話しいただきたいと思います。よろしくお願いします。

加:おねがいします。

A:早速ですが…お生まれが、1964年9月15日

加:5日ですね。15日だと敬老の日になっちゃう(笑)今は違うのか。

A:失礼しました。しかしよくおぼえてますね(笑)

加:休みは楽しみだから覚えなきゃ(笑)

A:なるほど。出身地は東京都八王子市。ずっとこちらにお住まいで?

加:子供の頃はずっとですね。

A:故郷と言われてどんな光景を思い出しますか?

加:今も近いんでよく帰るんですけど、市街地から離れてて、田んぼや畑が多い風景の中で育ちましたね。

A:少年時代と言えば。

加:小学3年から野球チームに入ってたんで、野球ばっかりやってました。ゲームもないしおもちゃも豊富な時代ではなかったので、体使って遊ぶのがメインでしたね。あと巨人がすごい強い時代で、長嶋が引退する直前くらいしか見てないんですけど、長嶋が一番のヒーローでしたね。あとその頃何してたかというと…4、5年生の頃から『週刊ベースボール』を毎週買っていて…というか、小学校時代の僕のお小遣いは、親に毎週それを買ってきてもらうことでした。

A:深いですねぇ(笑)

加:で、田舎なんで親戚がみんな近所にいるんですよ。その中のちょっと上のお兄さんに、バイクで市街の映画館の一階にあったゲームセンターに連れて行ってもらったりしてましたねぇ。

A:最初に出会ったゲームって憶えてますか?

加:憶えてないですねぇ。たぶんPONGかPONGもどきをやったと思います。PONGかどうかもわからないですけど(笑)。それが小学校…高学年になる前だったかな?ゲームセンターの隅っこにありました。その頃はTVゲームも出始めで、エレメカのほうがメインでしたね。

A:エレメカ!懐かしい響き!(笑)

加:筐体モノが多かったですね。こう影絵で車を動かすレースゲームとか、クレー射撃みたいな…

A:ありましたね!

加:他も工作機械的というか、簡単な仕組みでボールを打つゲームとか、ガンマンを動かして向こうのガンマンを撃つゲームだとか…

A:はまりました?

加:はまるというより、自分じゃ行けなかったこともあったし、遊園地だの気安く行ける時代でもなかったんで、それ自体が極上の娯楽であり、男の子が好きな技術的なものに触れられる場所でもありましたね。

A:中学高校時代は何をされてました?

加:ずっと野球部でした。左利きなんで投手やったり外野やったり。

A:強かったですか?

加:中学のときはあんまり強くなかったですね(笑)。高校は国分寺高校っていう都立校に入ったんですけど、当時まだ新しい学校で軟式野球部しかなかったんですよ。で、僕の代はたまたま勝ち進んで(笑)、関東大会で3位になったんです。

A:ぉおー

加:で、それを機に顧問の先生と相談して…二年の秋大会でそこまで行ったんですけど、冬のちょっと練習が減る時期に、硬式に変えようという運動を起こしたんです。生徒と教職員の9割以上の署名集めて、用具も全部変わるんで、冬場みんなでバイトしてそのお金で買って…

A:へえええ…

加:で、春に本格的に硬式で練習始めて夏に引退したんで、硬式の経験は数カ月しかないんですけどね(笑)

A:かっこいいなぁそれ!

加:軟式との違いに衝撃受けましたけど、いい経験でしたね。今もその学校の硬式野球部は続いてて、都立じゃまあまあ強いらしいんですよ。そういった意味では俺らのおかげなんだぞと(笑)。もう「お前ら硬式出来んのは俺らのおかげなんだそ!?」という自慢もあるんで、ここは是非太字で書いて下さい(笑)(笑)

A:倍角にしときます(笑)

加:スポーツは全般的に好きで…話戻っちゃうんですけど、小学校が田舎のちっちゃい学校で、一学年一クラスしかなくて、しかも30人もいなかったんです。

A:加藤さんの時代ってそんな子供少なかったでしたっけ??

加:や、うちだけ特別(笑)。もう高度成長で子供も増えてたはずですけど…。6年生も29人しかいなくて、男子がうち半分の14人くらいだったから、ソフトボールとかサッカーやるにも2チーム作れないんですよ。

A:あ、そうか。

加:なので、やるとなると学年対抗になるんです。だから「放課後は5年生と試合だ!」とか

A:すげ!(笑)

加:もう4年5年6年は一緒に遊ぶんですよ。そういうのは今思うとすごくよかったなぁって思いますね。付き合いも広くなるし、上級生は自然と下級生の面倒見るようになるし、4年生は6年生にボコボコにされるけど「くそー」って思って努力するし、すごく健全でいい形があったなって思います。

A:いいですねーそれ!

加:それと、学年で男子がそれだけしかいないとなると、もうなんでも大会に出られるんです。6年になるとあらゆる種目に学校代表として出るんですね(笑)。夏にソフトやってた生徒が冬はサッカーやってたり。そうなるとお互い親密になるし、どういう奴かってのがよく分かりあえる。足が速いか遅いかとか、頭いいかバカかかとか(笑)。そういう仲間たちとスポーツできるというのは、すごくいい経験だと思うんです。だからそれは、今の学校教育に提唱したいですよ(笑)。先生ともすごく仲よくなれたし。そういう意味では田舎でよかったなと(笑)。中学行ってからは生徒も増えたんで野球だけでしたけど、昼休みはアメフトやったり、高校に行くとみんなでバスケしたり…

A:やんちゃですねぇ(笑)

加:なんか…駄目なんですねぇ(笑)田舎もんなんで体動かしてないと。まだその頃ファミコンなんて出てないから、外で遊ぶのが普通でしたし。
スポンサーサイト

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック:
この記事のトラックバック URL

プロフィール

ATUSI

Author:ATUSI
ツイッター・@ATUSIBOX
 






原稿依頼やお問い合わせは
[V]←こちらをクリックして
お送りください

無料アクセス解析

>


検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。