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雑感・The Elder Scrolls IV: オブリビオン Game of the Year Edition

2010/05/10 20:24 Category:ソフトレビュー
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obliv

ずは昔語りにお付き合いいただきたい。
 PCが一部マニアのおもちゃであった時代、PCゲームはもちろん、ことRPGといえば中でも特に専門性の高い趣味の一つであった。
 そもそもゲームといえば、アクションやシューティングのように常に行動が求められるものというイメージがあり、文章が多く芝居を見せられるようなRPGは面倒で退屈とされ、ごく一部の人間にしか嗜まれていなかった。
 しかしその魅力にとり憑かれた者は多く、中にはその面白さを広く知らしめたいと願うものがいた。堀井雄二という男である。
 彼は当時既に爆発的ヒットを飛ばしていたファミコンで、広く子供たちにも親しめるRPGを作ろうとした。そんな中彼が目指したもの。それは簡単さだった。
 たとえばドラクエの場合。本筋となる王道的な物語が存在し、ストーリー展開はそこから逸脱することはない。またプレイヤーが次に何をするべきかは、かなり詳しく教えてもらえる。
 もちろん追加要素やおまけの楽しみも多く存在するが、それ自体はあくまでおまけであり、本筋やキャラの成長に大きく付与することはまずない。
 そして何より、ゲームに関わらない部分はあくまで背景であり、プレイヤーが干渉できる事物はかなり少ないといっていい。
 これがドラクエの間口を広げ、家庭用ゲームの世界にRPGというジャンルを構築して見せたのである。

 時は流れて現代。ファミコンに育てられた世代が成長し、ハードウェアの進化がクリエータの要求に高水準で応えられるようになると、RPGは逆行するような進化を始めた。面倒さを求めだしたのである。
 広大なマップ、多種多様な武器やアイテム、複雑に絡み合った物語、本筋に全く絡まないが奥深い追加要素。
 クリアに必要な筋立てをぎりぎり見せつつ、やり込みを誘う奥深さを垣間見せるRPGが多く出始めた。
 しかし、RPGはその誕生当初から、ひとつの究極の目標を持っていた。即ち、世界のすべてに干渉できるシステムである。
 たとえば野に咲く花は、今までのRPGではただの背景に過ぎなかった。しかし現実にそういう花があったとしたら、人は摘み取ることも育むことも可能だ。だが実際そんな事が出来るRPGはないだろう。
 多くのRPGは、そうした主人公が干渉できる事物を絞り込むことで、開発コストを節約したりプレイヤーが迷うことを防いだりしていた。
 現実世界のようにすべての事物に干渉できるゲームは、現実を模した世界を旅するRPGにとっては究極の目標であるものの、クリエータにとってもプレイヤーにとっても面倒くさいものでしかないと思われていた。
 そう、このゲームが出るまでは。


 タムリエル大陸中央部に位置し、雄大な山々と母なる水に囲まれたシロディール地方。その首都『帝都』の地下牢に、あなたは幽閉されていた。
 あなたは何者で、なぜそうなったのかはわからない。
 そこに突然近衛兵を引き連れた皇帝セプティム七世がやって来る。あなたがいた地下牢は、緊急脱出用の通路になっていたらしい。国に一大事が起きた証拠だ。
 が、皇帝はあなたの顔を見てふと立ち止まる。
「どこかで見たことが…あぁ、今日がその日なのだな」
 何かを悟ったように語る皇帝。それはあなたが背負うには、余りにも大きく過酷な運命の日々が幕を開けた証だった。
 否、今のままのあなたでは…。


 本作の特徴にして最大の売りといえば、やはり舞台となるシロディールの広大さと細やかさだろう。約41平方キロ(江東区と同じくらい)の広さを持つマップはシームレスで繋がっており(街やダンジョンは読み込みが必要)、端から端まで自由に行き来できる。
 余談だが、日本未発売の前作のマップは、ブリテン島に匹敵する大きさであるという。見るだけ見てみたい気がする。
 そこには9つの主要都市と40以上の小村。200を越えるダンジョンが散りばめられている。
 無論数が多いだけではない。その作りこみも半端ではないのだ。
 例えば街。行き交う人々は皆AIで制御され、各々違った活動をし、朝起きて昼には仕事に出て、時には世間話で盛り上がり、夜は家に鍵をかけて眠るというサイクルでくらしている。
 テーブルに置かれた食器や食料は動かすこともでき、落としたものは物理演算を伴って転がる。
 本棚に置かれた書物も飾りではない。それらはすべて手にとって読むことが出来るのだ。
 屋外に出れば、遠くの山々は霞んで見え、湖の水面にその姿が映りこみ、野に咲く草木は風に揺れ、その中には摘み取れる植物も多い。そして摘み取った植物は、売ったり錬金術の素材にしたりでき、数ヶ月経つと摘み取った草が再び芽吹くのだ。
 そしてそこには当然「規範」も存在する。このゲームは人の持ち物を盗ったり一般市民に攻撃を加えることも可能だが、当然それは犯罪として裁かれる。
 またあるクエストの進行に不可欠な人物を殺してしまうと、そのクエストがクリアできなくなってしまう。中にはそうしたことを推奨するシナリオもある。当然日なたに出られる世界ではないが…。
 このゲームは、あらゆるRPGが憧れたであろう究極の姿。世界そのものを舞台として再現して見せたのだ。

 そしてもう一つ忘れてはならないのが、RPGの肝要ともいえるシナリオだ。
 前述の通り、舞台となる世界は必要以上に作りこまれているので、どんなシナリオ進行でも許容してしまう。
 無論メインとなるシナリオはある。だがそれをこなさなくても、百を越えるサブクエストと、本作に同梱された追加シナリオだけでも、十分この作品を堪能できる。100人がプレイすれば100通りの物語が展開するのだ。

 短所を強いてあげるなら、世界が広く登場人物が多いため、稀に行き先を見失ってしまうことや、複雑なシステムゆえバグが多く見受けられるというところか。

 加えて誤解を恐れずに言うならば、このゲームはいわゆるライトユーザーには不向きかもしれない。シナリオやマーカーに従ってさえいれば、一応のシナリオ進行は可能である。だがこのゲームには、プレイヤーの能動性が要求される。
 たとえば従来のRPGでは、シナリオ通りに従ってさえいれば、世界を救うこともでき悪の道に落ちることもなかった。
 だがこのゲームは、救世主になることも闇の帝王になることも可能であり、そのためのシナリオも存在する。偶然悪のシナリオの入口をみつけ、その指図通り作業的にシナリオを進め、あなたの意図しない結果を招いたとしても、それはあなたのせいでしかないのだ。
 このゲームには、こういうキャラになろう。こういう道を進もうという意思が、まず不可欠なのだ。

 これだけ書いても、恐らく私はこのゲームの魅力の半分も伝え切れていない。そう危惧してしまうほど、このゲームは雄大で緻密なのである。
 RPGとはEole Playing Game、役割を演じるゲームである。英雄という役割を与えられたゲームばかりではなく、役割を見出すゲームに触れてみてはいかがだろうか。

The Elder Scrolls IV: オブリビオン Game of the Year EditionThe Elder Scrolls IV: オブリビオン Game of the Year Edition
(2010/04/22)
Xbox 360

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初コメですよ~。

確かにいくら文字や言葉で説明しても、実際に遊んでみない事には、このゲームの魅力というのは理解できないですね。もっとも、遊んでみても理解できるかと言ったら、そんな事も無いと思いますが。
なんせ、遊びつくせない程のボリュームがありますから。

私に言える事は、このゲームのお陰で所謂JRPGというものが遊べなくなってしまった。遊べても心底楽しめなくなってしまった。というある種の弊害と、今まで持っていたRPGの概念が、大きく覆されてしまった。という事ですかね。
[ 2010/05/11 02:10 ] [ 編集 ]
ご賛同ありがとうございます。
確かにオープンワールドと呼ばれるタイプのゲームを楽しめてしまうと、普通のゲームがどこか不自由というか、物足りなく感じてしまいますね。
無論それぞれに良さはあるのですが、ある意味ライトユーザーとヘビーユーザーの試金石のようなものかも知れません。
[ 2010/05/11 08:25 ] [ 編集 ]
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