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ゲーム論説ブログ

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Her Storyが面白そうな話

2015/06/26 19:26 Category:日記、雑記
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感でしかない。何しろ私は英語が読めないし、本作をプレイどころかダウンロードすらしていない。だがこのゲームは、恐ろしく自分好みであるような気がしてならないのだ。

 PC向けゲーム配信プラットフォーム『STEAM』の中で見つけた、一本のアドベンチャーゲームらしき作品に、私は興味を惹かれた。
『HER STORY』と題されたそのゲーム。私の英語力で内容を推測するに、ある女性に対して数日間に渡り行われた警察の取調べ映像を元に「何か」を見つけるゲームである、らしい。
 今や当然となったフルCGによるものではなく、ゲームがCDに乗るようになった頃に多く見られた、実写映像をベーズにしたゲーム。
 セガサターンの名作「NIGHT TRAP」を彷彿とさせる、実写動画主体の表現(FMV…Full Motion Videoゲームと言うらしい)と、取調べ映像だけという構成に、私の食指は堪らないほど揺さぶられた。

 触ってもいないゲームに対して、あまり書き連ねるのは私の主義ではないのだが、主張くらいはさせていただきたい。意欲あるデベロッパー様に、是非是非本作をローカライズして欲しい。
 おそらくこのゲームがフルCGで作られていたら、ここまで興味は持たなかっただろう。エンジニアたちが嬉々として、パフォーマンスキャプチャーやフィルターやシェーダーなどを駆使し、女性の存在感を引っ張り出すのに砕身した作品だったら、今や珍しくなくなった、高品質なCGを押し出した数多の作品群に埋もれていたに違いない。
 特にこうした二次映像的ストーリーテリング……今思いついた言葉を適当に並べたが、いわゆるゲームの中に仮想インターフェイスを置くスタイルのゲームは、プレイヤーを取り囲む現実をも演出の一部にする楽しさがある。シーマンはその代表例だろう。モニターそのものを水槽に見立て、プレイヤーを飼い主としてゲームに参加させている。
 これがCGで再現された水槽を360度見回せるようなゲームであったら、おそらく魅力は半減していただろう。それはシーマンを飼うゲームではなく、シーマンを飼うキャラクターを操作するゲームになっているからだ。

 ゲームがCDに乗るようになった頃、実写映像を使うのは、拙いCG表現の補助であったり、こういうことができる時代になったぞ、という証でもあった。
 その後CG……ことリアルタイムレンダリングが高精細化すると、プレイ画面との間に差異を生んでしまう実写映像は使われなくなっていった。
 映像の圧縮技術も進歩し、高画質TVも珍しくなくなった今の時代なればこそ、FMVゲームは当時とは違う意義を見出せるのではないだろうか?映画に介入し、自分が画面の向こうの事象に参加している感覚を、最大限引っ張り出せる。そんな気がしてならない。
 重ね重ね、是非是非本作をローカライズして欲しい。直感でしかないが、本作は日本語化しても面白いと思うのだ。
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E32015短観

2015/06/18 21:47 Category:業界
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つてゲームはゲーム機のものだった。否、ゲーム機のものである時代があった。
 PDP-1でスペースウォーが作られてから、コンピュータでゲームを作る試みは多くなされてきた。
 PONGが生まれた頃、ゲームはタイトルごとに作られた機械に乗せられ、故障するほどコインが放り込まれた。
 やがてPCが生まれ、ゲームは大衆のもとに降り立つ。そしてゲームをする機能のみに特化したPCが作られ、ゲームはゲーム機という力を獲得した。
 アタリの勃興とファミコンの牙城に築き上げられた世界。綺羅星の如く現れたハードたちと、覇権を取れなかったものたちと、時にその覇権の趨勢を決したゲームがあった。
 やがてゲーム機は、CPUから独自のものを作るようになり、PCとの差異は広がっていった。
 時は流れ、PCはグラフィック処理の分割化により、専用機に迫る表現力を獲得していく。ゲーム機は高機能化の副作用のように、煩雑化を免れられず、一歩ずつ大衆から離れていった。
 そして当代のゲーム機は、CPUにPCのものと同じ技術を採用し、開発面でもPCのそれとほぼ同等となった。
 汎用PCも、高性能な機械を買うことは、決して不可能な値段ではなくなり、ゲームがゲーム機のみで動くメリットは、急激に薄らいでいった。
 ゲームが再びゲーム機のみのものではなくなった現代。それでもゲーム機が生き残る理由と、その道筋はあるのだろうか?
 今年のE3を俯瞰して感じたのはそこだった。

 プレイステーション2発売時。久夛良木健氏が「未来のプレイステーションはネットワーク側に構築されるようになるかも」と語っていた。正にクラウドゲーミングが実現し、機械さえ必要なくなりつつある今。次の覇権は流通が握るのではないだろうか。
 EA ORIGINやSTEAMに代表されるオンライン販売網は、ユーザーに新たなハードウェア購入という負担を強いないソフト流通体系として、急速に広まっていった。そして、オープンワールドの巨人ベセスダが参入しようとしている。
 日本でも、LINEやGungHoに代表されるオンラインサービスが、ゲームの選択肢と直結している。ハードではなく流通……否、サービスの選択が、すでにゲームの主流になりつつあるのではないだろうか。

 だからといって、専用機の魅力が今日明日で失われるわけでもない。それが証拠にSCEはProject Morpheusを以って、ゲーム機の長年の夢であるVRの主役に躍り出んとしているし、MSはHoloLensなる独立したハードウェアを開発し、ARを超えたMR(MixedReality)を世に送り出そうとしている。
 だがこの先。PlayStation5やXboxOne2が出るとして、それらがPCやスマートデバイス市場と渡り合える武器が持てるのか、全く想像できないでいる。

 久夛良木氏が予想したように、すでに何人かのクリエイター達には、何年後かのゲームが見えているのかもしれない。その頭の中を覗くハードウェアがほしくなるE3であった。

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