a-360

ゲーム論説ブログ

スポンサーサイト

--/--/-- --:-- Category:スポンサー広告
TB(-) | CM(-)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

X of Xスペシャルインタビュー

2012/01/24 19:46 Category:X of X
TB(0) | CM(0)

ちファンとして、ゲームに対して起こせるアクションは限られる。ゲームを買って遊ぶことだ。
 だが情報化が加速度的に進み、個人の発言力が拡大すると、ファンがゲームに返せるアクションが格段に増えた。
 その好例が、ファンサイトの存在だろう。

 Xboxと同時に産声を上げ、その情報力と先見性で、Xboxファンのみならず、プロも舌を巻く完成度のサイトを運営し続ける、ユーザーのカリスマがいる。
 私もこの十年、彼の後塵をもっさりと浴びながら、二つのファンサイトを続けてきた。故に彼に語ってもらわねば、この企画がまとまりはしないだろうと思っていた。
 ここに彼の言葉を載せられることを光栄に思う。

 XNEWS。10年の証人にご登壇頂こう。
スポンサーサイト

映画『ドットハック セカイの向こうに』を見てきた。

2012/01/23 19:37 Category:日記、雑記
TB(0) | CM(0)

ずぶっちゃけてしまうと、私は.hackシリーズを全くプレーしたことがない。なぜかと問われると困るのだが、ただの食わず嫌いかもしれない。
 故にこの映画も、監督である松山洋と、脚本を手がけた伊藤和典という両名への興味がなければ、恐らく劇場に足を運ばなかったかもしれない。
 だから私は、この映画を.hackシリーズの一片としてではなく、限りなく独立した作品として見る事にした。

 西暦2024年。と書けば、昔のSF作品であれば宇宙戦争の一つも始まりそうなものだが、実際は学校のテストがタブレット端末に表示されるようになったこと以外は、今とあまり変わりない日常が続いていた。
 運河の町、福岡県柳川市に暮らす中学生、有城そら。勉学に勤しむでもなく、部活に打ち込むでもなく、流行のオンラインゲーム『The World』にはまるでもなく、どこかふわふわしたような日々を送っている。
 ある日、そらは軽い気持ちでThe Worldの体験版をプレーする。眼前に広がる、細密に組まれた世界に感動するそら。それは正に、もうひとつのセカイだった。
 だがこの時、既に奇跡は起こっていたのである。人はおろか、彼女すら見ることの出来ない、セカイの向こうで…。

 全編CGアニメーションによって作られた3D上映作品。と書けば、映画ファンには最近食傷気味のジャンルに聞こえるかもしれない。だがこの作品は、どちらかといえば3D…いやCGでさえ、脚本を語るためのおまけのように感じる。
 無論ゲームシーンはCGが主役に立っているが、日常のシーンはがらりとタッチが変わり、エアブラシで描いたような場面が続き、押し付けがましいカメラワークも、現実離れしたアイテムも登場しない。ともすれば、実写で作ることも出来るのではないかと思うほどだ。
 だがその分、キャラの心の動きまで見せてくれるCGの出来栄えに目を奪われる。さすがCC2社が初めて(!)モーションキャプチャーに挑んだだけの事はあるようだ。

 ストーリーは、現実世界を主体に描かれている。事件の中核はもちろんゲームにあるが、その影響が現実を浸食するという図式。
 これはゲームと異なり、映画という受動的なメディアで描く上での配慮であると同時に、物語の肝がデジタルハザードではなく、十代の心の揺れのようなものにあるからだろう。
 現在と地続きの未来。若者の心の漣。小さなヒューマニズム。伊藤脚本の決算を、映像と音楽でくっきりと彫り出すことに成功している。

 アニメだからとか3Dだからと食わず嫌いしている諸氏。ともあれ一度足を運んではいかがだろうか。
 そんなアニメも3Dメガネ越しにみれば、なるほど食べやすい映画になるようだ。

情報化社会再考察

2012/01/15 23:50 Category:日記、雑記
TB(0) | CM(0)

年か前、読売新聞社が主催する国際漫画大賞で、大賞を受賞した作品を憶えている。
 ステージ上にはオペラ歌手、客席は満員、歌手の歌にも熱がこもる。が、観客は全員携帯電話を耳に当てている。
 上演中に携帯電話とは不届き千万。かと思いきや、オペラ歌手もマイクではなく携帯に向かって歌っている。
 情報の価値の逆転。目の前にある事象より、媒体を介して伝えられた情報に重きが置かれることへの警鐘だったのだろうか。あれから十年近く経ち、いよいよその危惧は顕在化してきたようである。

 口コミサイトの情報操作。まとめサイトや個人ブログのやらせ記事疑惑。広がり続けるネット情報の信用失墜に、私は失望と落胆を覚えずにはいられない。
 元々、スポンサー料により運営されるマスコミの、情報の偏重や信用不安に対するように、これに左右されない個人発信の情報源は重宝されてきた。
 しかし情報端末の小型低価格化が進むに連れ、発信源がみるみる細分化され、それをまとめるシステムが求められるようになっていった。
 そうして誕生したのが、パーソナルメディアを発信源とする新たなマスメディアだった。

 組織利潤に左右されにくい個人発信の情報は、確かにそれ自体が企業であるマスコミに比べ、情報の信憑性が違うだろう。
 だが考えてみてほしい。情報の中身はどうあれ、少なくともマスコミは、己の社名と責任を背負った上で発信しているはずだ。万一誤った情報が流れたとき、問われる責任も彼らが負う。
 だが個人発信の情報は違う。日本特有の匿名性の籠の中で、正確な顔も名前もわからない誰かの情報が展開されている。しかもその中身に誤りがあったとして、情報を仲介したシステムも発信した本人も、マスコミのそれより強い責任を問われるだろうか?

 先述した「情報の信憑性の違い」とは、信憑性の高低の話をしているのではない。情報発信が金銭と責任の伴う経済活動であるマスコミと、趣味や善意に依る個人発信のそれとでは「性質」に違いがあると言いたいのだ。

 そもそもの話、なぜここまで口コミサイトやまとめブログが持て囃されているのか、私にはとんと理解できない。
 顔も名前も知らない誰かの評価を引っかき集めたようなものが「情報」であるはずがない。名前と責任を宣言したオペラ歌手が発信してこその情報であり、個々の判別の付かない観客が放つものは野次でしかない。
 稚拙なほど極端な邪推を披露しよう。そのまとめサイトに書かれた書き込みが、まとめサイトの管理者自身が書き込んだものではないとなぜ言えるだろう?
 それでもあなたはそのサイトの情報を信じ、あるいはゲーム業界10年の大計にもなりかねない判断を下そうというのか。
 私が失望と落胆を覚えずにはいられないのはそこなのだ。

 一杯のそばがある。あなたがそれを食す。香り、歯ごたえ、のどごし、すべてがあなたの胃と心を満たしきってくれた。
 口コミサイトを見てみる。そのそばに対する悪辣な評価が並んでいる。まるで作られたことが罪であるかのような言い回しだ。
 さて、あなたはそのそばをどう評価しよう?

 情報は真実と表裏の関係にある。極めて近いが、永劫に同一にはなりえない。
 真実はあなたの目の前にしか存在できず、何かを媒介すれば変質を免れることはできないのだ。
 ネットは実に便利な道具だ。だが道具に使われては意味が無い。一杯のそばを目の前にしながら、サイトに書かれた「まずい」の一言を、あなた自身のそのそばに対する評価にできるはずが無いように。

 ネット情報の信用が失墜したのではない。きっと我々の扱い方が間違っていたのだ。携帯は、オペラの感動を伝える道具ではないということを、今一度確認する時代が来ている。

雑感・セインツロウ ザ・サード

2012/01/14 07:14 Category:ソフトレビュー
TB(0) | CM(0)

sr3
代ゲーム機の骨頂の一つと言ってもいい『オープンワールドゲーム』
 ある一定区画を徹底して作り込み、その範囲での移動を最大限保障し、攻略の順序さえプレイヤーにゆだねてしまう。
 高度なグラフィック処理と大容量のメディアが可能にした、世界をゲームにするというクリエータの夢が、近年多く結実している。
 だが、メーカーもユーザーも誤ってはならないのは、それらはすべて「手段」であるということだ。
 ひとつの街をつくり、そこで行き交う人々や乗り物をAIで操作し、生きている世界を組み立てることが「目的」になり、その上で行われるゲームが蔑ろになっては意味がない。
 舞台を精巧に作れば作るほど目を奪われ、それだけで満足してしまいそうになるが、ゲームは遊ぶことが本分なのだ。

 裏社会を舞台にしたオープンワールドゲームといえば、このジャンルの先駆にして王者たるGTAシリーズが浮かぶだろう。だがこのタイトルはそれとはやや趣を異にする。なにしろ、ぶっ飛んでいるのだ。

 サードストリートセインツ。ただのストリートギャングに過ぎなかった彼らは、その後瞬く間に名声を獲得し、今やファッションブランドやドリンクにまで名を轟かせ、最高のカオスヒーローに祀り上げられていた。
 だが、そんなセインツの力を利用しようと企む秘密結社「シンジケート」が、セインツのボスであるあなたに莫大な上納金を要求する。あなたの答えはもちろんNO。そしてシンジケートが牛耳る都市「スティールポート」に殴り込みをかけた。
 正義でも平和でもなく、自分と仲間と金のため、あなたは無法者の楽園へダイブする…!

 ゲームの目的はあってないようなもの。無論一応のメインシナリオは用意されているが、それを辿るレールはない。どこへ向かい何をするかは、原則プレイヤーに委ねられる。
 服飾や武器の店を買い取り、その売り上げの一部を獲得するのが基本的な現金獲得スタイル。なので他組織とのいざこざを治めるのも大事な仕事であり、そのためにはやはり、メインシナリオをある程度遵守していくのが効率いい。
 ストーリーと直接関係しないミッションも多く、営利誘拐や軍事車両での大量破壊。TV出演など多彩を極め、攻略意欲を高めてくれる。
 そう、このゲームの根幹にあるのはリアルなスケール感だが、その上にかぶせられているのは、昨今コメディ映画でもお目にかかれないお馬鹿なハイテンションコメディのノリなのである。

 しかしてシステムに妥協はない。地域支配権の奪還という目的を生かすには、どこまでも見渡し、どこにでも行けるフリーマップという仕組みは最適だし、バラエティ豊かなサブミッションには、そこにあるオブジェクトの多くを利用、破壊できる自由度が欠かせない。
 オープンワールド以外では成し得ないゲーム体験がしっかりと内包された、目的と手段が整然と組まれた良作なのだ。

 近年まれに見る大作バカゲー。頭からラストまで真面目に不真面目な展開に、みるみる没頭していくだろう。
 ディ●ニーアニメよりバッ●スバニーのノリが好きだという方に、殊更強くお勧めしたい。

アサシンクリードアート展東京凱旋展に行ってきた

2012/01/08 15:59 Category:イベントレポート
TB(0) | CM(0)

act1
白いと感じたのは、それらの絵のクオリティの高さばかりではない。バラエティの豊かさだと思う。

 昨年夏、南青山で開催され大盛況となった、アサシンクリード・アート展。その後ファンの熱い要望を受け、名古屋と大阪で追加開催。そして今回、両会場でお披露目されたゲストアーティストによる作品を加え、東京での凱旋開催となった。
act2

 ゲームのイベントでありながら、ゲーム機が一台も無い、イラストと物販だけのイベントである。しかしながら会場となった中野ブロードウェー内pixiv Zingaroは、あっという間に人であふれかえった。
 会場が手狭であるため、オフィシャルの美術資料は前回(南青山)より若干少なめであるが、ゲストアーティストの作品がずらりと揃うのは、貴重な機会である。
act3

 ずらっと眺めるだけでも、その多彩さに気づく。白を基調にしたもの、赤を主体にしたもの、徹底的に描き込んだもの、シンプルな線でまとめたもの。どれも各々の特徴がにじみ出て、かつアサシンらしい絵なのだ。
 静と動、ステルスとアクション野望と信条。アサシンクリードの持つ二極性がこの作品の幅を生んだ、と考えるのは早計だろうか?

 ともあれ、これで見納めとなるであろう貴重な作品群。アサシンファンならずとも、一度足を運んではいかがだろうか。

※おまけ
 会場で偶然サイバーコネクトツーの松山社長と遭遇。写真をリクエストすると快諾してくださいました。

prs

 アサシンポーズだ!!
 ほんとにありがとうございますもう(^^;;

プロフィール

ATUSI

Author:ATUSI
ツイッター・@ATUSIBOX
 






原稿依頼やお問い合わせは
[V]←こちらをクリックして
お送りください

無料アクセス解析

>


検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。