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ゲーム論説ブログ

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雑感・Red Dead Redemption

2010/10/26 19:22 Category:ソフトレビュー
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RDR
ームとは、つまるところ勝敗の縮図である。トランプもすべてのゲームは勝敗を決めることが目的であり、一人用のゲームにもそれが存在する。
 そしてTVゲームは、勝敗を擬似世界の中に置く事を主とし、その世界にいかにプレイヤーを没入させるかが成功の鍵でもあった。
 とりわけRPGというジャンルが目指してきた、現実的空想世界の構築は、ハードウェアの性能と比例してみるみる進化していった。
 その結節点に位置するであろうジャンルこそ、オープンワールドゲームではないだろうか。
 そのおよその定義は『Just Cause 2』の記事に書いたので割愛するが、このゲームはオープンワールドの新たな地平を開拓したかもしれない。

 1911年、開拓の時代が終焉を迎えつつあったアメリカ。一人の男が、まだ大西部の香りを色濃く残す町で汽車を降りた。
 男の名はジョン・マーストン。今はただの牧場主であるはずの男だった。
 彼の目的は、ある人物を追うこと。かつてこの荒野で暴れまわったギャングのメンバー。今となってはその素行が、法と文明をアメリカにもたらさんとする政府に疎まれるばかりとなった男達、そしてジョンのかつての仲間だった。
 ジョンは家族を浚われ、その身の安全と引き換えに、かつての仲間を抹殺するよう命じられたのである。
 フロンティアの時代、無法者たちの時代が、終わろうとしていた…。

 基本システムは、他のオープンワールドゲームと大差は無い。メインストーリーとなるミッションをこなすことでゲームが進むが、それを強要するものは何も無い。
 このシステムと、現代のアウトローを描いた人気シリーズ『Grand Theft Auto』シリーズを生み出したロックスターゲームズの最新作と聞けば、西部劇版GTAと思われる方も多いだろう。
 しかし実際やってみると、微妙ではあるがGTAとは異なる感触がある。その正体はすぐにわかった。善悪のパラメータが存在するのだ。
 強盗を捕らえたり、女性を暴漢から助けたりすることで、名誉名声のパラメータは上がっていく。逆に一般市民を殺害したりすれば下がっていく。善行を積めばある程度のお目溢しがいただけたりもするのだ。
 主な移動手段は、もちろん馬。それも皆同じ馬ばかりではなく、品種によってスタミナやスピードが違ったり、長く共に旅することで、馬のスタミナが上がったりもする。
 システム全体としては、GTAよりオブリビオンに近いかもしれない。
 そして西部劇といえば、ガンアクションは外せない要素だ。目にも止まらぬ早撃ちや、一呼吸で複数の敵を撃つミラクルショットなど、幼い頃に真似した人も多いのではないだろうか。
 本作でも当然、銃は主要武器ではある。しかしオートエイムは搭載しているものの、その射程は限られており、ややもっさりした動きは、お世辞にも早撃ちとはいえない。
 そこで実装されたのが、周囲の動きをスローに見せるお約束的手法により、自身の射撃速度を高める『レッド・アイ』という特殊能力だ。メインミッションを進めていくと、この能力がさらにレベルアップする。
 加えてゲームを盛り上げるのが、シチュエーションに合わせて変化するBGM。アナログ楽器をメインに組み立てられた、いかにも西部劇らしい音楽をバックに、赤茶けた荒野を馬に跨り駆け抜ければ、ほっといてもフロンティアの世界に没入してしまう。

 いくつか難点を挙げれば、敵の位置がわかりずらく、最初のうちはかなりトライ&エラーを繰り返させられること。レッドアイの使用制限もかなりシビアで、初回得点で入手できるコスチュームがかなり重宝する。
 またストーリーが、やや冗長に感じてしまったことだろうか。この辺りは西部劇ファンだと、また違った見解になるかもしれない。

 風に吹かれてころころ転がる謎の植物まで再現された舞台で、勝敗…生死が隣り合うアウトローの世界を渡り歩く。
 このゲームは、つまるところ西部劇の…否、TVゲームの縮図なのである。
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雑感・F1 2010

2010/10/19 19:26 Category:ソフトレビュー
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F1
のゲームのパッケージを最初に見たとき、おや?と思った。
 ぱっと見てまず目に付くのがドライバーの背中だ。F1のゲームなのだから、マシンを中心に据えればよかろうと、私は安易に考えた。
 だがゲームを進めるにつれ、なるほどこれは上手いデザインだと感じ入ることになる。

 世界最速の自動車レース、F1がゲームになった。FIA公認の下、リアリティをとことん突き詰めた最高のF1ゲームとして。

 主人公はあなた自身。氏名、国籍、ニックネーム、難易度、所属チームを決めたら、最初はいわゆる「格下」のチームからスタートすることになる。
 従来のレースゲームであれば、この次あたりでレースが始まり、最後尾からスタートして1位ないし規定順位以内でのゴールを以ってクリアとなる。だがこのゲームのリアルへのこだわりは、既にここから始まっている。なんと最初に練習走行がスタートするのだ。
 無論ただ走るだけのお飾りではない。設定された目標タイムをクリアすることで、チーム内での開発進捗度が進み、マシンの性能が向上していく。そしてここでコースに慣れておくことが、後々重要になっていく。
 練習走行の次は、予選タイムアタックがスタートする。ここでのラップタイムによって、決勝でのスターティンググリッドが決まるのだ。
 タイムアタックは、制限時間内であれば何度でもトライできる。マシン設定を直してはアタックし、また直してはアタックするのもいいだろう。先の練習走行で、このへんまで突き詰めておければスムーズに上位ポジションを狙えるはずだ。
 予選中は実際のレース同様、他の車も随時コースに入ってくる。他車のスリップストリームを利用するか、開けたコースで自身の走りに徹するか、駆け引きの一つだろう。

 そして決勝になると、一層駆け引きの度合いが増す。
 例えばピット戦略。ドライコンディション(晴天時)では最低一回ソフトタイヤの使用が義務付けられ、最低一回のピット交換を義務付けられているのだが、この交換のタイミングが意外と肝になる。タイヤの耐久性や天候を加味してピットインするタイミングを事前に決定しておくのだが、ピット作業中に他のチームの車が流れ込んでくると、停車時間が大幅に増えてしまう可能性もあるのだ。早めに交換するか、一周でも長持ちさせるか。勝負の分かれ目の一つだろう。
 周回数は実際のレースと同じ回数も選べるが、少ない周回数に設定しても10周強、約20分前後走ることになる。この間、一瞬の操作ミスで事故を起こすモンスターマシンを操り続けなければならない。想像以上に集中力を要求される。
 天候も時間が経つごとに変化し、天候に合わせたタイヤ交換は、即勝敗に繋がると言っても過言ではない。
 違反走行によるペナルティ、クラッシュによる走行への影響、プレイヤー自身が関わらない場所でもアクシデントが発生したり、とにかくレースは一秒たりと安定しないのだ。
 そしてレース自体は、たとえ何位であろうと完走すればクリアとみなされる。無論リタイアでも。
 レース終了後も、リアリティへのこだわりは終わらない。なんと記者会見や囲み取材で、マスコミへの応対が求められるのだ。
 レースの結果とインタビューへの答え方により、所属チームの自分に対する評価が上下したり、シーズン後半になるとやってくる移籍オファーにも関わってくる。
 一度断って契約金を引き上げさせるか、早めに契約を持続させてチームとの良好な関係を築くか。あなたはチームの一部であり、チームに売り込むべき商品でもあるのだ。

 もちろん、ただひたすらにリアリティを追い求めてばかりいるわけではない。初心者に向けて推奨ラインの表示から、TCSなどのアシスト機能、コーナー手前で勝手に減速してくれるオートブレーキも付加されている。
 マシン設定も、細やかなセッティングから大まかなプリセット選択まで用意。間口と敷居はとにかく広い。

 マシンの強化、1/1000秒の削りあい、上位グリッドの獲得、レースでの駆け引き、チームメイトとの1stドライバーの座を賭けたバトル、残留と移籍、そして勝利と敗北…。
 パッケージに描かれているのが、マシンではなくドライバーの背中であるように、これはひとりのF1パイロットの戦いを体験するシミュレータなのである。
 レースゲームファン。F1マニアを自負する方であれば、即買っても損は無い。

PAC-MAN展にいってきた

2010/10/03 19:55 Category:イベントレポート
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初代
和52年。当時社会現象になるほどの人気を誇ったインベーダーゲームの影響により、アーケード…否、ゲームセンターには戦闘を主題にしたゲームが溢れかえった。
 それを見た一人の男がこう考えた。
「これでは女性客が入りづらくなるばかりだ」
 そこで彼は女性でも遊びやすいよう、攻撃をせず、操作が単純で、キャラに個性があり、息抜きの可愛らしいデモを挟んだゲームを開発しようと決めた。
 彼の名は岩谷徹。パックマンを生んだ男である。
べびー
アップルII

 パックマン誕生30周年を記念し、東京千代田区で開催中のイベント『PAC-MAN展 80's to 10's ゲーム&カルチャー』に行ってきた。
 パックマンの歴史はゲームの歴史であるとばかりに、歴代様々な筐体やTVゲームで発売されたパックマンを一堂に集めたイベントである。
 古くは、1980年に誕生した記念すべき初代パックマンから、キャラの向きが変わらないアタリ2600版。なぜかピンボールと合体したBABY PAC-MANに、そのもの純粋なピンボール版パックマン。果ては非売品のカーナビ版まで展示。
 そしてゲームの展示のみならず、様々なキャラグッズや当時を物語る秘蔵資料の数々も並べられ、パックマンの歴史がこれでもかというほどわかってしまう。
でかいの
こども

 そんな展示品の数々はもとより、私が特に印象深く感じたのが、訪れる客層の幅広さと、ゲームをプレーしているときの真剣さだった。
 30代40代はもとより、小学生や年配の男女まで、じっとアップライト筐体の画面を見つめ、その動きに一喜一憂していた。
 今更ながら、パックマンの恐ろしさを目の当たりにした心地である。グラフィックはシンプル、音は純然たる電子音、ルールもステージも単純そのもの。しかしてそのゲームは、映画級の映像と生演奏の再生を可能にした現代のゲームすら、容易く為し得ない程人々の心を掴んでいる。
 機械の性能がゲームに制約を強要した時代。それは同時に、敷居が低く普遍的な面白さを、容易に編み出せる環境でもあったのだろう。
 それでも今なお必勝法が発見されないことや、完全制覇者が過去2名しか出ていないという奥深さは、やはり岩谷氏の熱意と非凡さの為せる業ではないだろうか。

 もう一つ私が岩谷氏の凄さを感じたのが、女性に向けても女性にこびたデザインにしなかったことだ。
 それ故このゲームは、あらゆる人々を熱狂させることができたのだと思う。

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ATUSI

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