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ゲーム論説ブログ

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X of X 最終回 『日本マイクロソフト社への手紙』

2012/02/22 09:00 Category:X of X
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 御社に於かれましては益々御盛栄の事と、大変お喜び申し上げます。

 私は、Xboxを中心に扱ったゲームブログ「a-360」を運営していますATUSIと申します。
 まずは、Xbox国内発売10周年。誠におめでとうございます。

 以前運営させていただいておりました「box-X-box」なるサイトでは、御社の運営するオフィシャルファンサイトプログラムの下、大変な御厚意を賜ることが出来、充実したサイト運営が出来たと自負しております。
 私自身、イベントへの参加などを通じ、たくさんの出会いを持つことができました。そのご恩もまた語りつくせません。

 思えば10年前、悪友にそそのかされるようにして購入したXboxとHALOにどっぷり嵌り、以後このハードに首っ丈であり続けました。
 サイトを立ち上げたのは、私自身の情報収集のためであり、またこのハードの広がる先に、自分の力が少しでもあればと考えたからでした。
 そしてXboxは、その期待に応え得るハードでした。

 誠に遺憾ながら、セールスの面ではそれに不相応な結果となっていました。ゲーム専門誌に、対応ソフトの記事が一つもない日もありました。いわゆるライトユーザーの中には、Xboxすら知らない人も少なくはありませんでした。こうした話は枚挙に暇がないほどであります。

 しかしそれでも私は…否、私達Xboxユーザーは知っていました。Xboxの真価、可能性、面白さ、楽しさ…。
 噂でも情報でもない実体験として、Xboxに最高の評価を与え続けてきました。
 そして360が誕生したとき、その発表が日本からもたらされたことや、本体デザインに日本人が加わっていた事など、御社が日本市場に対し本気であるという姿勢が強く伺え、とても嬉しく、そして誇らしく思いました。

 ですが、どうしても忘れられない出来事があります。
 某大学の学園祭で行われた、Xbox突撃隊での事。それまでの突撃隊同様、並べられたモニタと、山ほどのソフトを期待して門を潜ると、そこにはお店にも置かれている360の試遊台が、数台並んでいるだけでした。
 不快に思ったわけではありません。御社もきっとお考えがあってのことだったのでしょう。しかし以前からこのイベントを知っていた私にとって、あの自宅に近いスタイルで、みんなと遊べるという機会が失われた事は、予想以上にショックなのでありました。

 360が100万台セールスを達成し、キネクトが発売され、Xboxの知名度が上がっていくにつれ、既存ユーザーに対するイベントやキャンペーンが減ってしまったように感じるのは、私の偏見でしょうか。
 先代機では確かに感じたオーナーシップが、どこか薄れた気すらするのです。
 ユーザーの拡大は歓迎すべきです。ですが同時に、既存ユーザーに対するアクション。初期のイベントで感じられた、どこか企み事を共有するような一体感。そうしたラフな面を忘れてしまっては、楽しみを売り物にする業界にあっては、致命傷といえるのではないでしょうか。

 節目の年がやって来ました。業界の慣例的に、360の次のハードウェアの噂も聞こえてくる頃です。
 初代Xboxから360へ転換する時のテーマは、より敷居の低いオンライン対応と、日本市場への訴求であったと思います。360からその次への転換のテーマは、さて何になるのでしょう?
 数値的性能の向上はもとより、ユーザーに「オーナーであって良かった」と思わせることの拡充を、願わずにいられないのです。
 それは性能やソフトの充実だけではありません。よりアクセスしやすく、答えの明瞭なサポート体制や、ユーザー向けイベントの開催等、買った後の充足感を高めることにあるのだと思います。
 先代機の頃、私は御社に「外向きのPRが弱い」と感じていました。360になると「内向きのPRが粗くなった」と感じています。
 超えるべき課題は多々ありましょうが、10年の経験を総動員して、内外両立のPRを組めてもいい頃ではないかと、勝手ながら思うのです。

 長くなりましたが、10年で積もった御社への思いはまだ語りつくせません。
 ともあれ今日は10年目。X年の日であります。重ね辿ってきた年月と、これから歩む未来の交差点に立ち、両方をしかと見渡して進む道を決めていただきたいと、心から願って止みません。

 最後に、御社社員並びに関係者の皆様のご健康と、Xboxの更なる進化。そしてゲームの一層の発展を心よりお祈りしつつ、私からのお祝いの言葉とさせて頂きます。

 敬白


 2012年2月22日
 元box-X-box管理人
 a-360管理人
 ATUSI
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X of Xスペシャルインタビュー

2012/01/24 19:46 Category:X of X
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ちファンとして、ゲームに対して起こせるアクションは限られる。ゲームを買って遊ぶことだ。
 だが情報化が加速度的に進み、個人の発言力が拡大すると、ファンがゲームに返せるアクションが格段に増えた。
 その好例が、ファンサイトの存在だろう。

 Xboxと同時に産声を上げ、その情報力と先見性で、Xboxファンのみならず、プロも舌を巻く完成度のサイトを運営し続ける、ユーザーのカリスマがいる。
 私もこの十年、彼の後塵をもっさりと浴びながら、二つのファンサイトを続けてきた。故に彼に語ってもらわねば、この企画がまとまりはしないだろうと思っていた。
 ここに彼の言葉を載せられることを光栄に思う。

 XNEWS。10年の証人にご登壇頂こう。

X of X(10) 総括

2011/12/22 12:40 Category:X of X
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Xboxユーザーであり続け、この十年何を感じたかと問われると、私は恐らく、ファンコミュニティの厚さを挙げるだろう。
 それは言うなれば、メーカーに対するフィードバックの強さでもある。得てして一方通行になることが多いメーカーとユーザーの関係であるが、このハードはユーザーからの返しがかなり強かったのではないだろうか。
 それも顔も身元もある程度知れた発言者による、本気の言葉が、である。

 オタクという生き物は、意見を持つものだ。目の前で行われている野球の試合に対し、ただ結果に一喜一憂するのがユーザーであり、打順やフォームはもとより、経営にまで意見してしまうのがオタクなのだ。
 どのハードにも、意見するオタクは多いだろう。だがそれに対しメーカーやファン有志が、聞き入れる体制を整えた例は稀有ではないだろうか。
 それがいわゆる、ファンの偏重や、ライトユーザーの敬遠を招いたという声もあるが、少なくとも私の周囲には、それを含めた声も多数あったし、360の主題にファミリー向けというテーマが置かれたことも、それを汲んでの決定だろうと伺える。
 ファミコン世代が一度は夢見た至高のインターフェイス「キネクト」は、その象徴といえるだろう。多機能化に比例して増えるボタンを、一気にゼロにすることで、ライトユーザーをゲームに呼び戻すことを始めたのだ。

 次の時代に何を望むか。と問われれば、それはXboxのみならず、ゲーム全体への言葉としなくてはなるまい。
 少子高齢化や景気低迷など、娯楽産業に冷たい時代が長引いて久しい昨今。日本が独自性を主張できる数少ない分野であるゲームも、海外の列強メーカーに押されてきている。
 人が暮らす上で、否応なくネットワークに触れさせられる時代も、決して遠くはない。
 文化と技術の奔流の中で、PCのアイコンたるマイクロソフトと、それが放つゲーム機の宿題は、決して減ることはない。

 ゲームが文化の一部としてあるために、ネットワークが低くしてくれたユーザーとメーカーの垣根を、どう活用するか?
 これからの10年のため、ユーザーもメーカーも、文化に関わるすべての人が考えるべきだろう。

X of X (9) 時代の終

2011/11/22 18:52 Category:X of X
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2005年12月10日。Xbox360が日本で発売。MSコンシューマハードへの挑戦、その第2幕が切って落とされた。
 世界市場はもとより、国内における失地回復への意気込みはすさまじく、海外作品のローカライズや国産タイトルの充実を積極的に展開。2007年10月末には、360の販売台数が初代のそれを越えた。
 2009年3月には、部品の確保や体制維持の困難さから、初代Xboxへの修理提供が終了。同月末、世代の変換を象徴するように、360が悲願の100万台セールスを達成する。
 そして2010年4月15日。初代Xbox向けのLIVEサービスが終了。マイクロソフト初のハードウェアは、こうして時代の舞台から降りていった。

 PC向けソフトウェアの分野で、国籍問わず圧倒的なシェアと存在感を誇示する巨人、マイクロソフト。
 しかし、ビジネスツールとは真逆に位置する娯楽市場と、日本という特異な文化土壌の上で、思わぬ苦戦を強いられてきた。
 十年に渡る巨人の戦いの中で、生み出されたもの、残されたもの、そして消えていったもの。
 それは何だったのか?

X of X (8) 百行の実

2011/10/26 19:13 Category:X of X
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2005年2月25日、坂口博信氏による次世代Xbox向けタイトルが、2タイトル開発中であることが正式に発表された。この二本は、のちに『ロストオデッセイ』『ブルードラゴン』となって姿を現す。
 そしてこれが、それまで噂の域を脱しなかった、次世代Xboxの公式発表となった。

 国内のみならず、世界中が注目するXbox次世代機の発表が日本からもたらされたことに、国内のメディアやXboxファンは沸き立った。
 当時Xboxの累計販売台数は、アジア圏でトータルしても、北米の販売台数の十分の一ほどに過ぎなかった。MSは05年度上半期(7-1月)決算で、世界累計販売台数を1990万台と発表。うち1320万台を北米のみで売り上げている。
 そんな日本で、社運を左右する発表が為された事を見ても、いかに日本市場に注力しようとしているかが窺い知れた。

 マイクロソフト副社長(当時)のピーター・ムーア氏は、同時期に行われたインタビューの中で、日本でのXboxの失敗を認めている。ファミコンを生み、世界の家庭用ゲーム市場を打ち立てた日本の独自性は、ソフトウェアの巨人をもってしても容易く攻めきれるものではなかった。
 しかしMSは、そこで日本市場からおずおずと退くほど、弱腰ではなかったのである。

 まずMSは、日本での不調の原因を徹底的に洗い出した。その上位に上がったのが、無骨なデザインである。
 そこで次世代機のデザインコンペを日米両国で開催。最終的に北米のAstro studio社と、日本のハーズ実験デザイン研究所が選ばれ、両社の共同でデザインが進められた。
 決して日本人好みになりすぎず、かといってアメリカ的により過ぎず。両社のキャッチボールの末、有機的シルエットと機能美を兼ね備えたコンソールが完成した。
 次に着手されたのが、日本向けタイトルの不足を解消すること。ことXboxにおいて決定的に不足していたRPGを打ち出すべく、MSが白羽の矢を立てたのが、ゲーム史に輝く名作『ファイナルファンタジー』シリーズの生みの親であった。
 その他にも、著名なクリエータを起用した国産タイトルを続けて発表。またLIVE機能も、より使いやすくなったことはもとより、クレジットカードを使わずに利用可能にするなどの改善もなされた。

 巨人MSのプライドを賭けた失地回復作戦。Xbox第二章の開幕は、間違いなく日本での勝利を目指したものだった。
 そしてそれは、同時に現行機の時代の終幕を意味していた。

(続)

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