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Xbox360を中心としたゲーム論説ブログ。

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2037/01/16 00:00 Category:未分類
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のブログは、俗に言うニュースサイトではなく、某掲示板のまとめでもなく、またレビューやプレイ日記を書き連ねるサイトでもない。しかし間違いなく、ゲームブログなのである。


客の勝ち負け

2012/05/11 18:42 Category:業界
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めてこの話をさせてもらう。長年ご愛読頂いている方には目垢がついた話だろうが、こうした話題にはやはりこの話が一番しっくり来るのだ。

 作家の永六輔が学生時代、親交のあった陶芸家の河井寛次郎と共に、京都清水の坂を散歩していたときのこと。永青年がとある道具屋の店先に置かれた、小さな蕎麦猪口に目を留めた。
「ほう、いいねそれ」
 視線の先に気付いた河井氏も褒める。名のある陶芸家に審美眼を見立てられれば、そりゃあ得意になるもの。
「いいでしょうこれ?」
「いくらだろうね?」
「僕は一万円でも買いますね」
 本当は千円くらいだと踏んでいたが、得意になった気分も手伝って大きく出た。
「そうか、じゃ買ってきなさい。ここで待ってるから」
 言われた永青年は店に入る。
「ごめんください、あそこにある蕎麦猪口はおいくらですか?」
「へぇ、五百円になります」
 それは安いと喜び、永青年はすぐ買って戻る。
「買って来ました先生」
「いくらだったね?」
「五百円でした」
「そりゃあやすいね」
 二人はそう言って歩き出す。と、すぐさま河井氏が足を止めた。
「まさか君、それで五百円払って来たんじゃないだろうね?」
「ええ、払いました」
「なぜ一万円払わない?」
 永青年はわけがわからない。
「だって、五百円ですから…」
「君は一万円だと言ったじゃないか」
「でもお店は…」
「そういうことじゃない。君がその蕎麦猪口に一万円をつけたなら、なぜそれを通さない?自分の言葉に責任も持つべきだ。一万円払ってくるまで君とは口をきかん」
 敬愛する氏に臍を曲げられてはかなわないと、永青年は道具屋に戻る。
「すみません、さっきの蕎麦猪口なんですが」
「はいなんでしょう?」
「一万円で買わせてください」
「…はい?」
「いや、ですからあと9500円で」
「あ、おつりがご入用で?」
「違うんですあの、この一万円で…」
「えー、あ、じゃあこちらもお付けしまして」
「いりませんいりません!」
 と、コントのような悶着の後、押し付けるように一万円を払って戻ってきた。
「…払ってきました」
 不服そうな永青年。対する河井氏は満足げな顔をしている。
「うんうん。それでいいんだ。君がそれに一万円もの値をつけたという事は、君がそれに負けたという事だ。負けた相手には礼を尽くさなきゃいけないよ」
 値段は売り手がつけて当然という時代になって久しい現代。河井が語った買い物における買い手と売り手の関係性は、どこか新鮮である。

 近年雨後の筍のように頻出し、破竹の勢いで急成長を続けるソーシャルゲーム市場に、思わぬブレーキがかかりそうである。
 有料で引ける籤でアイテムを当て、それを複数集めてよりよいアイテムを獲得するシステム、いわゆる『コンプガチャ』に対し、消費者庁は景品表示法に定める「絵合わせ」に当たるものとし、対策を検討しているという(5月10日現在)
 ソーシャル市場の稼ぎ頭にして、その射幸性の高さが取り沙汰されてきたシステムだけに、市場全体への影響は未知数であろう。
 同様のサービスを展開する大手各社は、すでに今月一杯でコンプガチャを中止することを決めているという。
 消費者庁は「子供が月数十万円請求される事例もあり、一定の規制をしなければならない」としているが、私個人はどうしてもこの一連の経緯に、気持ちわるさを感じずにはいられない。

 極論かもしれないが、与えられる対価を明確にし、支払いの額と仕組みをきちんと理解し、それに対して支払う能力を有する限り、これを行うか否かは消費者の判断でしかないのではなかろうか。
 先述の河井氏の言を借りれば、消費者がコンプガチャに負けたのなら、礼は消費者が尽くせばいい。お上が出るべき場面は、そこに極端な公平性の欠如と、当初の契約の不履行があった場合程度にすべきではなかろうか。
 コンプガチャの仕組みそのものに違法性があるならそう言えばいい。多額の金銭を支払った人をさも『被害者』と呼ぶような風潮に、どうしても違和感を覚えずにいられないのだ。

 全くの気のせいかも知れないが、PL法が施行された辺りから、消費者の責任というものが過剰に軽視されている気がしてならない。
 製造物により発生した事故を、その製品の安全性の欠如と一絡げにし、責任を製造者に転嫁してしまっては、いつまで経っても賢い消費者など育ちようはなく、同様の事故が絶える事はあるまい。
 以前、鉛筆のキャップに小さな穴を空けているメーカーを見た。子供が誤飲した際、窒息しないよう空気穴を開けていると言っていた。
 さも素晴らしい工夫であるように取り上げられていたが、もし穴の開いていないキャップを誤飲して子供が窒息失した場合、その責任はメーカーが問われてしまうのかと思うと、心底ゾッとした。
 その前に絶対的になければならない要素。そうしたものを口に入れてはならないという、人間として至極当たり前の事を教育すべきだという考えが、すっぽり抜け落ちている気がしてならなかった。

 話を戻す。コンプガチャに違法性があるか否かは、司法が決めればよい。だがそうであったとして、買った人間は被害者であり一分の責任もないかといえば、そんなことはあり得ない。そうした仕組みと価格に負けたのだから。
 昨今難しいことかもしれないが、負けて礼を尽くす価値がある商品と価格であるかどうかを、見極められる消費者になればいいのだ。

 冒頭の話には続きがある。
 永青年は悔し紛れに河合氏に聞いた。
「じゃあこの蕎麦猪口が十万円だと言われたらどうすればいいんです?」
 河合氏はこともなげに答える。
「そうしたら一万円に負けてくれるまで、あそこに通って値切りなさい。君が決めた値段なんだから」
 値切れないのならどうするか。その先の選択が、あなたが賢い消費者であるか否かの分水嶺なのかも知れない。

追悼・青野武

2012/04/11 00:40 Category:日記、雑記
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時二十代の駆け出し役者であった青野武に、アメリカのTV西部劇『ブロンコ』の主役の吹き替えという大仕事が舞い込んだ。
 有頂天になり、タイトな現場にもめげずに吹き替えをこなす青野青年。だがオンエアを見た友人に、思わぬ事を言われた。
「お前訛ひどいよ、駄目だよあれじゃ」
 北海道出身の青野にとって、生来慣れ親しんだ故郷の言葉は、容易に拭えないものであった。
 悩んだ末、ディレクターにその事を打ち明けると、ディレクターはまた思わぬ事を言った。
「青ちゃん気にするな。西部劇ってのはね、アメリカの東北なんだよ、向こうの役者だって訛がひどいよ、土の臭いが出ていればいいの」
 この言葉にどれほど救われたことかわからない。と、後に述懐している。

 名優は一人では育てない。親や恩師、友人知人、先人盟友らの言の葉に光を受けて、樹木のようにゆっくり育っていくのだろう。
 役者人生半世紀。演劇界、アニメ界を支えた大樹、青野武が逝去した。

 宇宙戦艦ヤマトの真田志郎で少年達を宇宙へ誘い、ドラゴンボールのピッコロ大摩王で子供たちを恐怖させ、ちびまる子ちゃんの友蔵おじいちゃんで家庭に笑顔とと温もりを届け、そしてメタルギアソリッドのキャンベル大佐で、我らゲームファンの背中を支えてくれた。
 その功績と想い出は数知れず。訃報に接してなお、どこか寂しさが遅れてくるような心持ちがするのは、その得難い親しみと個性ゆえなのだろう。

 近年、宇宙戦艦ヤマト復活篇のアフレコで、二十数年ぶりに当たり役、真田志郎を演じた際、プロデューサである西崎義展氏が、ちょっと声を聞かせてくれませんか?と申し出た。
 やや緊張しつつ真田の台詞を読み終える。すると。
「ヤー青野さん、全然声が変わってないじゃないですか。驚いたな」
 半世紀の役者人生に労いの華を添えたのも、そんな言葉であった。

 泉下で出会うであろう、西崎氏をはじめ多くの仲間達は、青野氏にどんな言葉をかけ、また青野氏はどんな言葉を返していることだろう。耳をすませ、老練の声色に思いを馳せる。
 桜の季節に旅立った大樹に。合掌。

提言・親こそゲームを知るべし

2012/04/05 21:02 Category:日記、雑記
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社の先輩の奥さんは、子供がDSで遊んだ後、極力遠くを見させるよう心がけているという。
 効果の程は定かではないが、わが子を思いやる気持ちには違いあるまい。同様にゲームとの付き合い方に、独自のルールを定めているご家庭も、少なくないのではなかろうか。
 ゲーム脳などという言葉がマスコミに持て囃されて以降、任天堂をはじめ各社、子供や保護者に対する健康面のアピールが盛んになっているように思う。こと人体で屈指の繊細さと重要性を持つ「目」を使うメディアである以上、健康への影響というのは否応なく取り沙汰される。
 と、ここで私はふと疑問を覚えた。ゲームファンや児童に対するゲーム情報の媒体は多々あるが、その保護者の人はどこからゲームの知識を得ているのだろう?

 今の小中学生の親は、いわゆるファミコンブームを経験した人たちである。好む好まざるに依らず、ゲームという風土に接してきた世代だ。故にその多くは、ゲームというものがいかなるメディアで、いかなる作用と副作用を持っているか、感覚的に知っている。
 だが同時に、ゲームを卒業してしまった人も少なくない世代だ。日進月歩のゲーム業界に在って、長い間ゲームから遠ざかったことによる情報の不足や齟齬は少なくなるまい。
 そんな世代が人の親になり、自分の子供がゲームの虜になったとして、さてその経験や感覚だけで、今の子供と今のゲームを付き合わせてしまって良いのだろうか?

 ゲームは様変わりした。一番如実な例がオンラインの台頭である。かつでゲームハードはスタンドアロンであることが当たり前で、対人対戦と言えば、誰かの家でひとつの画面上で戦うものであり、通信対戦といえば携帯機同士を有線で結ぶのが精々だった。
 今やゲームがネットに繋がることなど当たり前。オンライン対戦で地球の裏側にいる人と遊ぶこともでき、携帯機でのワイヤレス通信対戦も、珍しくなくなってしまった。
 それがゲームと言う遊戯の特性以外に、どんな変化を意味するのか。それを知り、理解したうえで、子供にゲーム機を買い与えている保護者は、さて多数派と言えるのだろうか?

 以前、エンターブレイン主筆の加藤克明氏がインタビューで答えてくれた。

「いまだにPTAのセミナーみたいなものだと、ゲームを叩くような内容のものがなくなってはいないです。かなり減ってる。むしろゲームとどう付き合うかとか、親や地域も子供をどう育てるかというのを探していて、前向きなイベントもあるような感触は持ちますね」(原文はこちら
 
 ゲームが教育の敵なのか味方なのか、今一つ判然としていない人もまだ多いようだ。
 そんな人々にひとつの筋道を示すことも、ゲームを知りゲームを広める、ゲームメディアのこれからの命題のひとつではないだろうか?
 エンターブレイン社は、過去そうした親へむけた雑誌を刊行したことがあるが、営業的には振るわなかったらしい。親としてのゲームの付き合い方を独立した形態で販売には、まだ早かったのかもしれない。
 だがそろそろ、そういう試みが本格化してもいいと思う。少子化は子供一人にかける金額を上げているという。ゲームにとってもチャンスになり得るはずだ。
 まずは現行の子供向けの誌面に、保護者向けのページを数項付随させたり、小冊子として付録するなどの形が望ましいだろう。案外ああいうページは読まれているし、子供も親に見せたがるものだ。
 内容にすべきことはいくらでもある。ゲームが子供に与える医学的社会学的影響とその副作用。それを回避、抑制するイロハ。現在のゲーム業界のおよその版図などでもいい。
 弁解の記事になってもいけないし、結論を押し付けてもいけない。子供とゲームをどう付き合わせるかを、最終的に決するのは親であり、ゲームメディアはそのヒントに徹するべきだ。

 子供にゲームを買い与えるのは親だ。ゲームに対する親の誤解を解き理解を得られれば、業界にとっても好作用がうまれるのではないだろうか?

募集

2012/03/03 00:04 Category:日記、雑記
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にありがたいことに、当ブログでは過去4回も、ゲーム業界の方々にインタビューをさせていただくことができました。
 これも偏に、取材を快諾していただいた皆様と広報様のご尽力の賜物です。

 毎度インタビューを重ねて感じますのは、どのポジションで働く方々も、皆一様に表現者であり、常に我々ユーザーに伝えたいことを持って、日々勤めに励んでおられるという事です。
 我がa-360は、そんな思いの一助になりたく、又私自身の個人的趣味と興味のため(笑)、インタビューに応えていただけるゲーム業界の方を、これからも広く募集します。

 雑誌や専門サイトのインタビューでは、紙面や企画の都合で語りきれなかったこと。業界や市場について普段思っているのに、なかなか機会がなくて言えてない事。ゲームを愛するユーザーや、業界を目指す学生達に、現場の人間として伝えたいこと等々…。
 もちろん発売予定のソフトのお話でもかまいません。実名での掲載に不都合があるようなお話でしたら、匿名でのインタビューも応じさせていただきます。
 もしご興味を持たれましたらなら、右バナーにありますアドレスまでご一報ください。

 喋りたい方、お待ちしてます。

プロフィール

Author:ATUSI







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